なかえるブログこんにちは。

なかむらかえると申します。占う人。星とカードと手のひらと。うっかり等身大で歩きだすお手伝いをしています。主に吉祥寺にて。ご依頼あれば出かけます。

遊ぶこと、とじないこと

しばらく前から仕事について話す時、こんなことばっかり言ってる気がする。
「わたしひとりだとすっごく真面目にストイックにやろうとするんだけど、それじゃ面白くないし尻すぼみになってくんだよね」「それはできちゃうけどつまんない」「遊びがあることが大事」。

 

気がついたら親しくしてもらっている書家の墨照庭さん→とお話していて、あっ、て思ったこと。
「遊ぶってどういうこと?」ってお友達の方に尋ねたら
「遊ぶって神さまとつながること」って返ってきたんですって。その方から。

それは、墨照庭さんにとって全部つながるお話に感じたということだったそうなのだけれど、
わたしにとってもまるっきりおんなじで、とにかく「つながる」ことに思えた。

 

わたしはすごく思考が強いタイプの人間で、
お客さまに向けて占い(特に西洋占星術)のセッションをはじめた最初の頃は、きっちりホロスコープを読み上げてきっちり決めあげて臨もうとした。
だけれど、すぐにそれは違うとわかった。
目の前の、実際のお客さまの生きる世界はわたしが考えることをはるかに超えていて。
そうなるとボロボロだった。

思考はすばらしいけれど、考えることって限界があるんだよね。わたしの頭の中だけの限界。

 

タロットで「恋人」というカードがあるんだけれど、
そこに登場するのは裸の男女と天使。
女性は天使を見ていて、男性は女性を見ている。
タロットの世界では、女性は感覚、無意識、受動・受信体らしきものを表していて、
男性は思考、意識、能動・統率者らしきものを表している、とされている。
(実際の男女はともかく、タロットの中のお約束的に)
この三者の関係性から読めることは、男性(思考)は女性(感覚)を通してしか天とは繋がれない、ということらしいと確か本で読んだ。

 

先日、natural holosさん→と「わたしを最強にするお守りスプレー作りワークショップ」というものを開催させていただいて、それはとても面白い経験でした。
そもそものワークショップのきっかけは「西洋占星術の天体・サインに対応するメモリーオイルが存在する」というところから。
その中でわたしの役割としては、天体、サインの概要をお伝えする、ご自身のホロスコープをご自分で認識していただくための説明をしていく。こういうことだったのですけれど。

モリーオイルを選ぶ時に、ホロスコープを知ったあとだと参加者さんが自分のホロスコープを基準にあるもの、足りないものなどの観点で選ぼうとされるの。
そうするとすごく悩まれる。絶対の正解を探そうとしてしまうのだけど、正解はないのだから。
最初にご説明をした側としては、そうしてもらえるのはとてもうれしいことではある、もちろん。

だけれど迷われた時にnatural holosさんのアドバイスで「直感でいきましょう」となるとバシッと決まる。
そして奇跡のように、その場に合った共通項が見つかったり、
選び終わった後でご自分のホロスコープを照らし合わせると浮かび上がってくるものがある。
それはきっとその瞬間だからこそのもの。永遠に続くものではないかもしれないけれど、その時のその方に自然にフィットするものになる。
その瞬間を目撃できたことがものすごい収穫だった。

思考は術(すべ)、ツール。
直感は限界を超えてくれるものであり、よりなにかにつながるものという感じがする。
直感というと、一瞬すごく特別なことのように思いがちなんだけれど、ほんのちょっとの(なんとなく的な)感じに意識を向けることぐらいで十分にその時に必要ななにかをピックアップしてくれている気がしている。
意外と信じていいらしい。

 

わたしにとっての遊びって、
たとえばだけど、
映画と音楽が好きで、そういったものに触れること。
本屋に行くこと。
なんかへんな企画をすること。
おいしいものを食べること。特におやつ。超おいしいのを。
かわいい洋服を着ること。
文具用品売場をうろうろすること。
散歩すること。
笑うこと。
話せる人と話すこと…とかかな。とりあえず。

わたし、
遊び、感覚、直感的なもの、それらを大枠で同じカテゴリーものとして捉えてはじめているのだけれど、
共通項としては、
なにかというときには、まっさきに切り捨てられるようなもの、無駄とされてしまいがちなものということ。
眉間にしわを寄せることから離れていくもの。
味わうこと、楽しむこと、感じること。および、それがどんなちいさなものでも自分にゆるすこと、とじないこと。
タロットでいうなら、女性性的なこと。

ただ、生きていく上で、地上に着地させるのは男性性的な力。
どちらも必要なもの。

 

その後の西洋占星術のセッション、わたしの場合はご予約のお客さまのホロスコープをまず下読みをする。だけれど決めないことにしました。
つづきはその場でお客さまと一緒につながっていくことで、その場で出てくること。そちらの方が本番。
だから再現不可能。だからこそ生まれる有機的なもの。
わたしが決めたり考えたりすることではない。

占いをするわたしの役割は、多分仲介すること。それだけでそこまで。
そのためのトレーニングだけはしたと思うし、トレーニングをしたから、仲介役として徹することができるようになったのかと思う。

 

これ、タロットで言うなら「女帝」のカード的なことなのかもしれない。
「女帝」と「女教皇」であり、「女帝」と「皇帝」の関係性。

 

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なかむらかえる
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