なかえるブログこんにちは。

なかむらかえると申します。占う人。星とカードと手のひらと。うっかり等身大で歩きだすお手伝いをしています。主に吉祥寺にて。ご依頼あれば出かけます。

裏だけでもなく表だけでもなく。

時々、お客さまに「自分の欠点を教えてほしい」と言われることがあります。

ありがたくも数年間、多くの方のホロスコープを読ませていただく機会に恵まれて。
そうしているうちに、わたしの中でぼんやりとできあがりつつあるひとつの結論は「完全に欠点といいきれるものはないのではないか」ということです。

注意すべき点、というのはあると思います。それはお伝えします。
が、あえて「よいわるい」という観点で考えるならば、やっぱり表裏一体なんですよ。
「やさしい→(もしかしたら)はっきりしない」
「しっかりしている→(もしかしたら)融通がきかない」とか。
欠点と長所。

ただ、そのように仰られるということは、多分自分自身がしあわせじゃないということが前提になってしまっているのではということなのかなと思ったりもする。
その時はなるべくフラットに自分の主観を切り離して、同じ面からでも「不幸」と思う事柄と、意外とそれでうまくいってたり面白くなってることあるよねというところと両方振り返っていく必要があるのかもとも。
どうしてもうまくいかないことの感じの方がインパクトが強いので印象に残りやすいのだけれど、本当にそれだけなのかどうか。

欠点と思われるところに目を向けておくのは保証になるとは思うんです。
同じ過ちをくりかえさないとか、また傷つくかもしれないことが起きた時のあらかじめの緩衝材になるかもとか。
だけど、欠点を欠点とだけ思っていると、自分が前に進みたい時に遮るものにもなりかねない。

どうか、意外と悪いばっかりではないよ。というところも恥ずかしがらずに見てみてくださいね、と思う。
絶対のイエスでも絶対のノーでもなく。客観的に。
照れて受け入れにくいかもしれないけど、素敵な面たくさんあるんですよって。
そこから劇的じゃなくとも、なんとなく変わっていくものはきっとあると思っています。


わたしは西洋占星術をずっと学んでいますけれど、天体の象意というのもさまざまです。
本質的なところはシンプルなんだけれど、言葉にするとしたら、ポジティブにもネガティブにも言えるところはあります。どちらも間違いではない。
一人の人のホロスコープはひとつ。それはでもどんなふうに活かしていくかはご自分で方向付けすることはできるんじゃないかなあ...と。

そのお手伝いをするためのセッションだったりレッスンができるよう(もちろんその方のお話に沿って)、ということができるよう...それはわたしが力を尽くすところ。
が、がんばります...。

 

そして「特別」というなら、すべての人が特別とも今のところは思います。

 

f:id:frorogn0819:20180922144735j:plain

関係ないけど、最近目覚まし時計を買ってみた。使い勝手は...まあまあ。

 

なかむらかえる
星とカードと手のひらと。
うっかり等身大で歩きだす、そんなお手伝いをしています。