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なかえるブログこんにちは。

なかむらかえると申します。占う人。星とカードと手のひらと。うっかり等身大で歩きだすお手伝いをしています。東京・西荻窪あれやこれや

よいわるいはない(アナザーバージョン)

昨日つらつらとそれぞれのホロスコープに「よいわるいはない」と書いてみたのだけれど。
「よいわるいはない」ということでは別の視点からもうひとつ思っていることがあって。

自分のホロスコープというものを見ると、教科書的に言うならBad Pointだよなという点が何点かあります(いやまあ時々全てがBad Pointだという気がする時もあるけれど)。

そのBad Pointに注目し、過去の数ある困った事件や陥りがちなよろしくない癖みたいなものはこの部分によるものなのかと考えると大きく腑に落ちる。

そのホロスコープというものは、自分が生まれた瞬間の天体の図。

親がわたしにこうあってほしいと望んだ図なんじゃないかと考えた時があります。
親の思う型にあわせて自分を形づくっていって、それが窮屈になって自分なりに自分の性質をどう活かしていくかということにぶちあたる。そういうことが大人になっていくってことなのかもしんないとも思ったりもする。
また同時に幼少時の環境で生き抜くためにはこのホロスコープは必要なものだったんじゃないかとも思ったりする。

が、すいません。そこは一旦おいといて。

今日書こうとしているのは、
上に書いたようなBad Pointだと思っている自分の性質が、別の場面では自分を助けてくれることもあるのではということ。
つまりBadはGoodでもある。
この感覚はわたしだけなのかな?

ちょびっとだけ自分のことを書くなら、
アスペクトのない12ハウスの火星のこと。
いろいろ問題を引き起こしてきているし、これからもその可能性は高いと思っているけれど、同時に「怒りを正しくあらわにできない」ことで助けられた場面もあった気がしています。
わたしはこれ、そんなつもりはなくとも「ノーガード戦法」(By あしたのジョー)だったのかもしれないなと思う時があるのです…(まるっきり意味ちがったらごめん)。
ガードしないでいたら、やっぱり押されっぱなしというのはもちろんあるんですけどね。

プラスその、少なくともGoodとは言えない性質を持ったことで育まれた能力もあるのではないかというのもありますね。


もうちょっとこの件、書きたいです。
ですが、今のわたしの力量では書ききれないかもしれない。
Badかもしれないところを、意識的でも無意識にでもGoodに転じることがとても難しいことがあることもなんとなくでも知っているから。
だけど、わたし個人としてはそれはできるものであってほしいという願いを持っています。
基本はGoodでもBadでもなく、それぞれに与えられた特徴、ただそれだけなんだと思うんです。

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